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Omagari

インクトラップと仲間たち

2021年04月03日


ここ数日、Twitterでちょっとインクトラップやらの話題に触れることが多く、特にイヴ・ピータース氏の写植書体の原図に生えている「トゲ」についての質問があり、このディテールについていろいろ書きたくなったので、それをテーマにやっていきます。日本語でスミトリとも言われる処理のことです。生きてれば一度ぐらいスミトリについて簡潔さとか気にせず片っ端から書きたくなることもあるでしょ。儂だけか。

インクトラップ

まずインクトラップとは、典型的には印刷物において内側の角を彫り込んだ形状のことで、書体やロゴに見られることが一般的だと思います。紙や版の品質が悪いなど印刷条件が整っていない場合、線の交差部など面積の広い部分から液体のインクが滲み広がってしまうことがあります。これを軽減するために、その面積を造形的に減らすテクニックをインクトラップといいます。

左:意図した形
中央:劣悪条件や小サイズでの印刷結果の概念図(中央が太っている)
右:インクトラップ

書体デザインにおいてインクトラップを使用した最も有名な例はマシュー・カーター氏が1978年に発表したBell Centennialでしょう。これは電話帳を従来よりさらに小さい文字サイズで印刷して紙代を節約することを目的として作られました。電話帳とはできるだけ安い紙にできるだけ安く印刷して作られるものなので、ただ文字を小さくしただけではすぐに滲み、潰れて全く読めません。カーターの解決策は内側の角を思いっきり切り込み、潰れやすい線の結合・交差部を細くすることでした。アウトラインを拡大して見るとかなりいびつな形をしているのがわかりますが、4〜6ポイントなどの極小サイズで、特に荒い紙なんかに印刷するとその真価を発揮します。この書体はアウトライン段階ではわざと不完全であり、荒ぶるインクに最終調整を頼ることで理想の結果を出します。悪条件に文句を言うどころか共同作業を図るという、カーター氏のデザイナーとしての姿勢を考えさせられる名作だと思います。

Bell Centennialについてはさらに小林章さんの「欧文書体」でも学べますし、英語がいける方は ニック・シャーマン氏の記事もお勧めします。上の電話帳の写真はそこから抜粋しています。

Bell Centennial Name & Number

Bell Centennialで印刷された電話帳。画像提供:ニック・シャーマン

書体から離れて、国際連合のエンブレムも見てみましょう。これにつきまとう問題は、世界地図というたいへん複雑な図形が意匠として用いられ、それが通常の企業ロゴのように様々な場面やサイズで使われるということです。小サイズではかなり再現しづらいでしょうし、無数の島が点在するアウトラインデータをロゴとして運用するのは、80〜90年代のコンピュータには重労働だったかもしれません。ここで1991年に小サイズ用の別バージョンを導入することで解決が図られました。デザインしたのは西洋書体デザイン界隈ではキリル文字の大使としてお馴染みのマキシム・ジュコフ氏です。小サイズ版では島の数を減らし、緯度・経度線を太くした上で本数も減らし、また地形を潰さないよう適宜省いています(オーストラリアの北やメキシコ湾など)。そして忘れてはならないのが、インクトラップです。デザインに詳しくない人はこれを見て「精度が悪い」と批判するかもしれませんが、個々の島を数えられるようなサイズでの使用はそもそも想定されていません。

国連ロゴ。Wikipediaより抜粋

ジュコフ氏の小サイズ版。非公式なトレーシングでややガタガタしていますが、説明した内容はすべて確認できます。白青で印刷されることが多いので、逆インクトラップ版もあったらいいのかもしれません。ロゴが3つもあると運営が大変そうですが。

2つのバージョンのエンブレムの共演。旗にはフル版、壁には小サイズ版。

小サイズ版が製作意図に反して拡大使用された例。イタリア人やイギリス人は自国が消えていると苦情を入れるかもしれません。

国連ロゴには実に様々なバリエーションがあり、その世界地図の内容は製造方法などによって大きく違います。なのでこの世界地図はあくまでも概念であり、その精度は可変と考えるべきだと思います。たとえば上のバッジの世界地図は当然ながら大幅に簡略化されています。公式の品ではありませんが、たとえ公式でも精度の問題はやはり同じでしょう。

様々な形のインクトラップ

さて、第二段落で私はインクトラップを形ではなく「テクニック」と定義しました。これはインクを削るという意図は同じでも様々な形があったり、逆に全く違う意図が背後にあっても同じような形があったりするからで、そんな時に私は常に「意図」を基準にカテゴリー分けしたがるからです。それがこの記事の主題でもあります。インクの滲みを抑えるために、あえて形を削るという意図さえあれば、それはどんな形であってもインクトラップと呼ばれるべきではないでしょうか。

2009年にオランダのデザイン事務所であるSpranqはEcofontという書体を発表しました。これはVera Sansという既存書体に穴をくりぬき、インクの滲みに任せて穴を埋めてもらうことで、判別性は確保しつつも使用インク量を減らすという書体です。もちろん若干薄く見えたり、大きなサイズでは穴に気付いたりはしますが、Vera Sansで組んだ同じ印刷物と比べるとインク量は確かに削減されるそうです(この穴のサイズをフォントサイズに紐付けたバリアブルフォントが作れそうですね)。インクを節約してくれてお財布に優しい書体と謳ってはいますが、フリーでも固定料金でもなく年間7ユーロかかるので、毎年元を取れるだけ印刷しない限りはお得にはならない気がします。そもそも印刷を全くやらない方が経済的かもしれませんしね。アイデア自体は面白いと思います。

Ecofont。EcofontのFacebookページより抜粋

私の以前の上司であるダン・ラティガンがMonotype時代に作ったRyman Ecoは、やはり同様の目的で生まれたカスタム書体ですが、小サイズ印刷時のインク節約だけでなく、見出し書体としても使えるかっこよさも目指しています。既存書体の改造ではなくゼロから書き起こし、インク節約の作戦を書体の個性として取り込んでいます。どちらかというと見出しで使った方が効果的だと思いますが、それは小サイズで効果的でないからというより、そもそもの企画がやや野心的すぎたのだと思います(ダン本人の企画ではありません)。

Ryman Ecoはフリーフォントです。

これら「エコ」書体はインクの節約を目的としていますし、7年ほど前に中学生が「細くて小さい書体を印刷するとインクが節約される」という「発見」をして世間を騒がせましたが(過去記事)、これらには共通の問題があります。まず家庭やオフィスはBell Centennialが使われる商業印刷と違って、タイポグラフィ的な制御があまり効かない環境です。みんな思い思いの書体やサイズ、そしてプリンタを使い(レーザープリンタは粉末状の顔料を使うので、液体インクとは違った振る舞いをします)、特定の印刷条件に特化した書体はそれほどの振れ幅に耐えられません。大抵の人は見た目が気に入らず、いつも使っている書体に戻ると思います。二つ目は、インクのコストは全体の印刷コストの中で占める割合が小さく、紙を減らすことの方が優先されるべきという点です。書体の切り口からいえば、つまり同じ紙面により多くの文字を詰め込めるような、判別性が高くて字幅が圧縮されたような書体を選ぶ・作ることを意味します。インクトラップで有名なBell Centennialも、節約したかったのはインクではなく紙です。

しかしEcofontもRyman Ecoも興味深い着眼点を持っています。すなわち「インクトラップ」と呼ばれるものが必ずしも文字の外側からトゲを生やすような見た目である必要はないというとです。

インクトラップの歴史

Google BookのNgram Viewerによると、ink trapという言葉は1860年代に登場し始めますが、タイポグラフィ用語としてではありません(ペンの特許など)。この検索結果の中で書体について使われている最も古い例は1931年で、アメリカの印刷業界誌Editor & Publisherの中のライノタイプのExcelsior書体の広告です。

例えば下のaの比較図では右のaの3番エリア全体をインクトラップと呼び、新書体のExcelsiorではそれを完全に開けることでインクの溜まりを防げるとしています。

Editor & Publisherの当該見開きより。インクが溜まりやすい閉じ気味なカウンター(青)をインクトラップと呼んでおり、その欠如がウリだとしています。archive.orgより画像抜粋

この時点ではインクトラップという言葉はそこまで珍しい単語でもなかったようですが、それ以上に重要なのがインクトラップとは憎むべきインクの溜まりのことで、解決策のことではなかったということです。驚きの事実が判明したわけですが、ここで急に用法を変えても混乱するだけなので、そのまま続けます。

ライト・トラップ

皆さん、ちゃんとついて来れてますか? ここでやっと冒頭のツイートの話です。

写真植字とは活版印刷に変わり、その名の通りカメラやレンズ、フィルム、オフセット印刷でもって組版を行うものです。日本では戦前から存在しますが、欧米で主流になったのは戦後、しかもコンピュータに取って代わられる前の20年間ほどでした。写植では文字が金属の塊ではなくフィルムとして保管され、これをカメラの要領で一文字ずつ露光していきます。それを暗室に持っていき、フィルムがこれ以上露光しないように様々な液体にさらして固定させ、撮影した内容を浮かび上がらせる、すなわち現像を行います。そして出来たフィルムを元に金属の印刷版を作ります。このプロセスではインク以外にも文字がおかしくなる要因が潜んでおり、撮影の段階でレンズの角度や焦点がずれていたり、現像が足りないことで文字の輪郭がボケるのです。

イタリアの活字書体会社のシモンチーニはライトトラップのテクニックを「シモンチーニ方式」と呼び、1963年に特許を取得していました。その特許書にはトラップありの原図の方がイメージ通りに印刷されると図解されています(キャプションは筆者による英訳)。画像提供:アントニオ・カヴェドーニ

文字の角をデザインの段階でさらに尖らせておくと、このボケによる角丸を防ぐことができます。これが冒頭のNeue Helveticaの写植用原図にあったトゲトゲの正体です。写植では同じ原図を拡大縮小できるため、大きなサイズではトゲが目立つのではと思いますが、会社によっては想定サイズの違う複数の原図を用意していましたし、トゲが気になるほど大きなサイズで使う場合は組版者が直接取り除くこともあったでしょう。

Neue Helvetiaのフリスケット。緑でマークした内向きの角の部分にはトゲがありません。

ボケは内向き、外向きの両方の角に発生するうえ、先のメトド・シモンチーニでは内外にトゲが付いていたにも関わらず、このNeue Helveticaのフリスケット(Wikipediaより抜粋)には内側のトゲが見当たりません。これはフリスケットの製造法に起因します。フリスケットとは透明のフィルムに赤い半透明のマスキングフィルムを貼り付け、その赤い部分を文字の形に切り抜いて完成とします(欧米ではこの赤フィルムはRubylithというブランドが最大手であったため、通称ルビリスと呼ばれます)。このため赤い層を細く切り剥がすのは簡単ですが、細い赤を残そうとしても簡単に折れてしまうため困難でした。もちろん原図を作る方法は他にもあり、印刷してしまえば両方のケースに対応できます。ちなみにトゲの名前に業界用語はなかったようですが、thornやspikeなどと呼ばれていたようで、個人的なお気に入りはマシュー・カーター氏が紹介するbitten crotch(食い込んだ股間)です。

ルビリスを使った原図制作法の弱点。赤い方の棘はすぐ折れます。

フィルムで原図を作るとビニールシートを切り貼りする必要がありません。このHaas Unicaの原図には内側にも外側にもライトトラップがあります。画像は現在削除されているMonotypeブログのページより抜粋

ところで、このトゲトゲはセリフにも見えませんか? ローマン書体はもともと碑文に彫られる中で発達していったものであると考えると、セリフはある種のライトトラップと言えると思います(もちろん古代ローマ人にはそういう語彙がなかったと思いますが)。日中なるべく長い時間文字を際立たせたかったでしょうし、セリフは無い場合と比べてより長い時間影が溜まります(この説は私の発ではありませんが、他の文献をちゃんと読んでいないことを念押ししておきます。定番であるエドワード・カティチの『The origin of the serif』(セリフの起源)や、スタンリー・モリソンの『Politics and script(政治と文字)』あたりを読まないとこれ以上は掘り下げたくないです。前者に関しては試したことはあるんですが、本文書体のLinotype Baskervilleがどうにも苦手で…)。

「セリフ=ライトトラップ」説でいえば、先のシモンチーニの図版にあるWには、ライトトラップにライトトラップが生えてることになりますね。

HelveticaとAdobe Trajanに様々な角度から日光を当てるシミュレーション。セリフのある字型の優位性は、特に浅く掘ったときに際立ってきますし、実際古代ローマの碑文は浅彫りなのが普通でした。

書体デザイナーの故へラルト・ウンガーは1976年にライノタイプの電産写植機Digiset用の書体を開発しているときに「角丸対策は必要なのか?始めから丸い書体にすればいいのでは?」と考えました。そうして出来たのがDemosPraxisです。どんなサイズや製造工程でも丸く、また小文字のステムとショルダーの合流角度がかなり浅く(nなど)、あえてこう言った部分のカウンター形状を追求しないデザインです。

DemosとPraxisのピクセル原画。画像提供:Typotheque、筆者によりGlyphsで手作業でドット打ち直し

日本語問題:角取りか隅取りか墨取りか

ライトトラップのような角の尖らせ処理は、日本では写植の原図から始まるもので、スミトリという言葉も写植用語と認識しています。ここで私が気になるのがスミトリの「スミ」とは角・隅・墨のどれなのかです。写研では内側の角を尖らせるのは「隅取り」、外側は「角出し」と言っていたようですが(今田欣一さん橋本和夫さん)、墨溜まりの除去とも認識されていたそうです(藤田重信さん)。角出しはもともと写研でされていた処理ではなく、Universなどの書体の原図にあったものの再現という文脈で初めて出てきた用語のようです。そういうわけで隅か墨だとは思いますが、もともと多目的な処理であるなら、どちらかが間違いというわけでもなく、語源を探って一字に統一しようとするのは野暮かもしれません。

写研の岩田新聞明朝、ISNMKLBの見本。画像提供:藤田重信

画面上のライトトラップ

テレビのブラウン管は、光を使った媒体であるがゆえにインクとは逆に白い部分を太らせる性質があります。またテレビ放送ともなれば視聴者側のローカルな磁場の歪みやカラー放送による色のズレ、スキャンラインによる水平線の強調など、文字にとっては様々な難局が待ち構えています。60年代当時、アメリカのテレビ局業界で特に人気だったテロップ用書体はNews Gothic Boldで、その理由は主にスペーシング、文字の狭さ(画面内テキスト量の多さ)、入手のしやすさなどがあったとみられています。さらに見やすさを改善するため、アメリカの放送局のCBSでは、ルディ・バース率いるグラフィックアート部門が新書体を開発、1967年に発表しました(Visible Language第4号、第23記事)。開発中の様々な実験の末、角を丸い形で強調することにしました。外側に角を置くと目立ちすぎてしまうため却下したそうです。これは白文字用であり、黒文字用にはより太く、トラップを一切欠くデザインが用意されました。

CBS News 36書体。36はスキャンライン数です。Visible Languageより画像抜粋

上:Trade Gothic Bold
下:CBS News 36では文字同士の癒着が減り、Aなどのカウンターの潰れも減っていますが、これらは字間やステム幅の変更によるものです。トラップの効果はTの内側の角などに現れています。Visible Languageより画像抜粋

ニック・シャーマン氏のRudi(制作中)はCBS News 36の復刻で、この原稿執筆時点では元のデザインに忠実です。

ARやVRは表示画面が縦横無尽に動く過酷な環境であり、その中に表示される文字は斜めに傾いたり奥行きがついたり、ボケていることが普通です。ニティーシュ・ヤダヴ氏のARoneはそれに対応するため、内側と外側の角を強調したデザインになっています(ウンガー氏は彼にDemosとPraxisを見せたそうですが、ウンガーのM.O.L書体の方が自分のプロジェクトには参考になったそうです。資料1 資料2)。また表示画面は発光するため、いちおうライトトラップと呼ぶに相応しい条件はすべて揃っています。ただし電子ペーパーのように全ての種類のディスプレイが発行するわけではないので、厳密には「デジタルライトトラップ」や「ピクセルトラップ」とでも呼んだ方が正確かもしれません。別にこういう言葉にこだわっているわけではなく、自分たちの仕事を様々な角度から説明できるようにしておきたいだけです。

デヴィッド・ジョナサン・ロスの等幅書体Inputは、大きな切れ込みの意図が明らかにピクセルトラップだと分かる書体です。このレギュラーウエイトはまず方眼紙にドットフォントを描き、それをアウトライン化するところからスタートしています。試行錯誤の結果、アセンダーからディセンダーまでのボディ高を11ピクセル、字幅を7ピクセル、UPMも1100に設定し、線幅やカウンターの大きさも可能な限り100ユニットで描かれています(要はなるべく全ての要素が11等分です)。nやpなどステムとショルダー、ボウルが連結する部分にはなるべく白いピクセルが入り込むようにしたかったためか、ぴったり100ユニット分の深さの溝が彫られています。この100(1ピクセル分)という数字があるからこそ、この処理はコーナカットではなくピクセルトラップと分類するに至りました。それ以上深く掘ることもできたかもしれませんが、そうすると線画が繋がらなくなってしまうのは避けたかったのでしょう。

最初にちゃんと要件が決まっているデザインは好物で、Inputはただ1つのサイズだけに特化させるという潔さがいいですね。それ以外のサイズで使っても気持ちいいデザインです。

コーナーカット

ベジェ曲線のパソコン画面での描画がまだ新しかった頃、描画エンジンによってはカーブセグメントが極端な鋭角につながると、そこからカーブが漏れて暴発してしまうことがありました。これは書体デザインの段階でこの角を切り取って小さなセグメントを挿入すれば解決できます。

アウトライン暴発の概念図。上が本来の形で、下が鋭角カーブ部分からレンダリングがおかしくなっている例です。書体デザインを長くやっている人にはFontLab 5の数多の奇怪なエラーが彷彿されますね。

デジタル版Helveticaの小文字n。私の理解では、この小さいセグメントは鋭角カーブの暴発を阻止するためのものです。

このようなエラーは遠い過去の話ですが、いまだに有効な場面はあります。Illustratorなどの輪郭線効果を鋭角なオブジェクトにかけたときには輪郭線が大きく延長されますが、コーナーカットを仕込むことで未然に防ぐことができます。専門用語で言えば、マイターリミットを文字に仕込んでおくということです。また角丸を全体にかけることで柔らかい輪郭線が保証されます。小林章さんDIN NextAkkoBetweenなど多くの作品で角丸が見られますが、ご本人に確認したところ、輪郭線への影響は特に意図したものではないとのことでした。また、鋭角を和らげるのは先端恐怖症の方にも優しいのではないかと思います。

輪郭線効果を適用した際、コーナーカットを施したものは特に設定をいじらなくとも結果が安定します。小さい角丸を仕込むと、輪郭線効果も常に丸くなります。

英語圏ではこれらをインクトラップと呼ばれることがよくあるようですが、インクを減らす処理でも角を強調する処理でもなく読んで字のごとく角を削る処理なので、こういう混同はあまり好きではありません。

先が四角い形状は黒みを削るためでしょうか、はたまた不要な深入りを避けるためでしょうか? ほとんどの場合は両方の意図の混在でしょう。

テアー・トラップ

テアーとは「破れ(tear)」のことです。薄い物体は変形すると裂けたり破れたりしやすく(特に初めから切れ込みなどがある場合)、切れ込みの先端に穴を開けるとこれを止められます。万年筆や竹ペンのペン先に小さな丸い穴が空いているのはまさにこのためです。穴は後から開けることが多いため、通常は円形です。ちなみに「テアー・トラップ」とは記事内の一貫性を守るための私の造語です。

この穴には二つの目的があり、ひとつはペン先にインクを流すための空気穴です(やかんの穴と同様)。もう一つは裂け目にかかる負担を逃がしペン先の湾曲を防ぐためで、竹や葦のペンでは裂けの進行を止めるためです。画像はLamyのウェブサイトより抜粋。

書体は紙などの切り抜きを想定してデザインされるのは稀なため、このような処理はほとんど見られません。私の知っている唯一の例が母校である武蔵野美術大学のロゴで、視覚伝達デザイン科の長でもあった故勝井光雄先生のデザインです(CBS News 36も偶然条件に合致はしますが)。内側の角にある丸い穴により、曲げられても破れないという堅牢性を表現しています。同科の新島実先生がデザインしたポスターにはそのコンセプトが遺憾なく発揮されています。ちなみに私も視デ、新島ゼミの出身です。

武蔵野美術大学ロゴ。

新島実先生によるポスター。

現代のトラップ

これら様々なトラップはそれぞれ違う問題への解法であり、その問題の多くも今や昔ではありますが、今でも書体デザインの有効な手法でもあります。MやWのような文字は、デザインによっては間接部に大きな溜まりができて黒く見えることがあります。これを避けるには文字の線を離して間接部の重なりを減らす(結果的に文字を広くする)か、深く削り込みます。この処理は典型的なインクトラップに似ていますが、印刷ではなく視覚的な問題の解法です。

左側のMは交点のボリュームが大きく、字幅を広げずに改善したい場合はインクトラップのように深く彫ります。

現実的な問題を解決するだけでなく、インクトラップは単純に面白いグラフィック的要素でもあります。Bell Centennialは制作意図に反して大きな見出しサイズで使用されることがしばしばありましたが、カーター氏本人はそれを快く受け入れていました。現在ではこの文字の空白部分の遊びの可能性を掘り下げた作品が多く登場しています。その例をいくつか挙げると:Minotaur BeefGT FlexaWhyte InktrapTT Trailersなどです( Fonts In Useのink-trapsタグでも他の例が見られます)。Bell Centennialと同じくインクトラップを小サイズ時の可読性追求に使ったRetinaTrenchなどの作品でも、やはり見出しで使用された時の見栄えには気を使っています。こういう効果はギミック的になりがちではありますが、前述のRudiやHeavyweight Typeのプラハ美術アカデミー専用書体のような、矩形や尖塔形以外のインクトラップももっと見てみたいですね。

Dynamo TypefacesのWhite Inktrap。

プラハ美術アカデミー(AVU)は1990年より、ライオンにハートをあしらったロゴを使用してきており、2018年に発表されたカスタム書体もハートに溢れています。チェコ語によく使われるハチェクと呼ばれるアクセントはハート形とも言えるので、そういう意味でもチェコっぽいですね。フォント提供Heavyweight Type

おわり

ここまで長々とお付き合いありがとうございました。最終的にはこういった細かな違いは過去の例や特定の用途を論じるときに大事なだけであって、普段とりあえず何でもインクトラップと呼ぶようなことがあっても、私がスッ飛んできてガミガミ蘊蓄を述べたりしたりはしません。ともかく、何か今後のネタとして使えるようなものがありましたら幸いです。

おまけ:インペリアル・トラップ

もしあなたが白人男性至上主義で、多様な人種が結束するのに我慢ならないとします。彼らを歓迎するふりをして家に招き入れたら、退路を塞ぎましょう。ただしこの手法は、チベット語を喋るテディベアに妨害されて終わってしまいます。