Toshi
Omagari

Metro Nova前編

04 August, 2013


私の初めてのMonotypeからの新規書体であるMetro Novaが発売されました。これはMetroというサンセリフ体のリバイバル、つまり復刻です。今回はこのMetroとMetro Novaについて前編(歴史)と後編(デザイン)に分けて話をしようと思います。

まずは現行のデジタル版Metroをご覧ください(上)。基本的にはFuturaに似ていますが、小文字のステムに斜めカットが入っていて(a b f i j t などなど)、よりカリグラフィ的で動きのある書体になっています。大文字だと特に目立つのはQでしょう。そういった特徴のおかげで、またMetro発売当時のLinotype鋳植機にFuturaがなかったので、特にアメリカで人気の書体でした。日本での認知度はほとんどありませんが、とてもファンの多い書体です。NIVEAやExpediaはMetro(のカスタム版)を制定書体またはロゴとして用いています。

※Linotype社は日本ではおそらくドイツの会社として有名だったかもしれませんが、基本的にはアメリカで始まった会社で、メインの市場もアメリカでした。後に機械の事業が振るわず、書体デザインを主に担当していたドイツ側が残り、今に至るというのが(非常にざっくりですが)会社の歴史です。なお現在はMonotypeに社名を変更しており、Linotypeという会社は残っていません。

Metroは1929年にアメリカ人のデザイナー、ウィリアム・アディソン・ドゥイギンズ(William Addison Dwiggins, 1880~1956)によって作られました。前回のブログ記事「活字職人の別の顔」でも書いたように、彼は「グラフィックデザイナー」という言葉を生み出した人として有名です。彼の仕事はカリグラフィー、書籍デザイン、イラストレーション、書体デザイン、マリオネット製作など多岐に渡ります。彼の手がけた本で代表的なのは「Time Machine」、「Strange case of Dr. Jekyl and Mr. Hyde」、「Marco Polo’s travels」でしょうか。装丁、イラストレーション共に非常に美しく、どれも私のお気に入りです。Metroの開発が始まった当時、すでにドゥイギンズは有名なデザイナーでした。彼は1928年に自著「Layout in Advertising」において、「Linotypeにはデザインに使える良質なサンセリフ、特に大文字がない」と、その書体ラインナップの乏しさを批判しました。それに目をつけたLinotype社デザイン室のハリー・ゲージ(Harry L. Gage)はドゥイギンズに「そこまで言うなら書体を作らせてやるから、やってみろ」と挑戦状を叩き付けました(こういう姿勢は見習うべきですね)。そうして翌年に完成したのがMetroです。ドゥイギンズはその後、27年ものあいだライノタイプのデザイン室で働くことになりました。

Metroが最初に掲載されたLinotypeの宣伝誌「Typographic Sanity」(Image taken from Typographics.org)

※この当時サンセリフ体といえばAlternate Gothic、News Gothic、Franklin Gothicなど、スタイルの幅が非常に狭いものでした。彼の欲したサンセリフはドゥイギンズの師であるフレデリック・ガウディのGoudy Sans(1925)、ドイツで発売されて間もなかったFutura(1928)、同じく英国で発売されたばかりのGill Sans(1928)、それに先行したロンドン地下鉄用書体Johnston Underground(1916)など、当時流行し始めていたヒューマニスト・サンセリフのようです。

Metroは1929年に発売され、主に広告の分野で人気を集めるようにはなるのですが、上でも書いたようにFuturaが選べないLinotype鋳植機のために、デザインがFutura寄りに変更されます。具体的に言うと A G J M N V W a e g v w の12字がよりFuturaのような形に変更されました。それがMetro 2と呼ばれるもので、以降は1の文字は要望に応じて選べるオルタネートとして扱われるようになります。写真植字の時代に1のデザインは破棄されて2だけが残り、デジタル版でも2だけの状態になっています。

※この変更にドゥイギンズが乗り気だったかどうかは分かりませんが、私の勘ではおそらく否です。

※MetroはThinからBlackまで4つのウエイトのある書体でしたが、写植用に移植されたときにThinが破棄されています。

デジタル版ではフォント名がMetroblack-twoなどという表記になっていて、oneはどこにもありません。私にはこれが長年の謎でした。

時代は飛んで2011年。レディング大学を卒業してMonotypeでインターンを始めた私は「Linotype: the film」の監督ダグ・ウィルソンから映画の字幕用にMetro 1の復刻を依頼されます。そこで初めてオリジナルのデザインを見た私は衝撃を受けました。「Metro-two」というフォント名の謎が解けるとともに、「これが本当の姿だったのか!」と、個人的には不自然だと思っていたMetro 2のカリグラフィー的特徴の謎も解けたのです。私はすぐさま依頼を受けました。映画用のMetroは「オリジナル版に忠実に」という依頼から、ほぼ完全に活版時代のデザインを再現しています。

劇中ではこんな感じで使われています。(Doug Wilson© 2012. All rights reserved.)

その後、会社からMetroをちゃんと復刻する企画が出され、1年あまりをかけてMetro Novaが完成しました。映画のDVDパッケージや冊子など本編以外のあらゆる部分に、書体の発売に先がけて使われました。

後編へ