Toshi
Omagari

Wolpe Pegasus
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Wolpe Pegasus

ファミリー名:Wolpe Pegasus
種類:市販書体
ファンダリー:Monotype
リリース年:2017
購入リンク:MyFonts

Wolpe Pegasusは2017年にリリースされたベルトルド・ヴォルペ・コレクションという復刻書体群の一つです。元々はヴォルペによってデザインされ、Monotypeから1937年に金属活字書体としてリリースされたセリフ書体です。

PegasusはAlbertusに見られるようなヴォルペらしいレタリングスタイルを兼ね備えており、見出し書体であるAlbertusと組み合わせる本文書体として開発されたのではと思わせます。a c f r のターミナルの形状は普通なら同じ形に揃えるところでしょうがaのそれは丸くなかったり、b d p q のボウルの形もすべて繰り返しでなかったり、大文字の水平線の太さが不揃いであったり、更にはセリフの形状も実はすべて違います。これだけデザイン要素が整っていないのに、どういうわけか書体として完璧に機能する不思議な作品で、その秘密は縦ステムの太さやスペーシングなど、水平方向のリズムがしっかり整っているからではないかと考えられます。Pegasusは本文書体のデザインのアプローチについて現代人の抱えている前提に疑問を投げかけ、一貫性を過大評価しがちであることに気付かせてくれます。

これらデザイン要素の不揃いはデザインプロセスに起因するものでもあります。この書体はまず16ポイントというとても小さなサイズで鉛筆でスケッチされました。ヴォルペはある講演の中で「書体をスケッチするときは、実際に使われるサイズで描きなさい」とアドバイスをしていますが、このスケッチはまさにそれを体現したものです。このスケッチが写真拡大されてインクペンで細部が仕上げられ、Monotypeの製図室に送られて最終版が作られたのですが、もしデザインを整えたいのあればこの段階のどこかで修正することは簡単だったはずです。しかしこれらがすべてありのままに残されていることから(ヴォルペ本人がこれらを修正しないよう指示しているメモも残っています)、小サイズで始めたことによる精度の低さはむしろ狙った効果であると言えます。

37年に発売された当時、Pegasusは16ポイントのレギュラーのみで、他のサイズやスタイルがありませんでした。これはおそらく戦争が目前に迫っているという当時の状況と、Pegasusほど風変わりなデザインにそこまで期待されていなかったという理由が考えられます。1980年にはヴォルペの監督のもとマシュー・カーターによりデジタル化され、ボールドとイタリックが追加されましたが、ヴォルペの展示に使われるのみで一般販売されることはありませんでした。しかしタイポグラファーやグラフィックデザイナーたちの間でこっそりコピーが繰り返され、知る人ぞ知る幻の名作という地位を獲得していきました。

ふたたび時を経て2010年代中盤、ベルトルド・ヴォルペ・コレクションが形になり始めたころに、私はMonotypeアーカイブでこの書体に初めて出会いました。初めはそのデザインをよく理解していなかったのですが、一生のお気に入りの仲間入りをするまでにさほど時間はかかりませんでした。社内のドローイングとロンドンのThe Type Archiveにあるヴォルペの遺品に含まれているスケッチなどからデザインを起こし、マシュー・カーターさんの監修も受けながら丁寧にリバイバルしました。

もちろん、ただ既存のデザインをトレースするだけならリバイバル(復活)とは言えず、墓から死体を掘り起こすだけになりますが、Wolpe Pegasusはもちろんトレースに甘んじることはありません。スペーシングや発音記号、その他の記号などはすべて現代の水準に合わせて見直されており、スモールキャップなど当時作られていなかったものも追加されています。イタリックは特に大きく変化した部分だと思います(そもそも元のデザインがほぼ人目に触れたことがないので、改変しても怒る人はいないと思いますが)。ヴォルペのレタリングスタイル全体に言えることとして、彼のイタリック体は伝統的なカリグラフィのようなものではなく、コンデンス気味なプロポーションで、機械的に傾斜したような字形に軽く手を加えたような字型が基本でしたが、書体デザインでイタリックを作るときには少々そのアプローチを文字通りにやりすぎているきらいがありました。AlbertusとPegasusではまずレギュラー体に軽く機械的なコンデンス処理をかけ、それを機械的に傾斜し、aやfなどをイタリックっぽく書き直して終わらせており、歪んだままの字型が多かったのですが、Wolpe Pegasusでは歪みを取り除いています。

ヴォルペの書体はどれも現代に至るまで古びることなく新鮮なまま生き残っている思いますが、時代を先取りしすぎたPegasusはむしろ今最も輝いていると感じます。一貫性をありがたがる現代のデザイン手法に一石を投じるデザインではありますが、昔を懐かしむ古典主義がそうさせているのではありません。