Toshi
Omagari

Klaket
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ファミリー名:Klaket
種類:市販書体
ファンダリー:Omega Type Foundry
リリース年:2021
購入リンク:I Love Typography
見本画像デザイン:シェリーン・サラ

Klaketはエジプトの映画ポスターにインスパイアされたアラビア文字と欧文の見出し書体です。アラビア文字にはルカー体というスタイルがあり、ベースラインが傾斜していることが大きな特徴で、エジプトの映画ポスターにはよく使われていました。私が初めて着手したアラビア書体でしたが、完成した順で言うと5つ目あたりで、大分時間がかかりました。

話の始まりは2016年のグランシャン・カンファレンスに遡ります。グランシャンは非欧文のタイポグラフィに焦点を当てたカンファレンスで、世界中様々な都市で行われます。この年はカイロで、私の初めてのアラビア語圏への旅行となりました。このときThe Art of Egyptian Film Posters (ISBN 9789779020037)という本の刊行イベントに重なり、エジプトの映画業界とそのポスター美術の奥深さを学ぶこととなりました。ポスターの多くはルカー体で描かれています。この体験に影響され、私はやはりポスターで使えるような見出し用ルカー体の書体を作りたくなりました。そして線幅の強弱の少ないゴシック体のようなスタイルを目指しましたが、理由は後述。

作ったことのない文字のデザインに初めて挑戦する場合、まず自己表現をする前に基本のスタイルをしっかり学ぶことが基本的に推奨されます。つまり最も一般的な本文用スタイルで、サンセリフではなく、極端に太かったり細いもの、長体や平体も避け、また別の文字(欧文など)の従属として作らないということです。またOpenType機能などの扱いに慣れていない場合はこれらの複雑化も避けたいところです。しかし今回はそのいくつかを無視し、あえて高難度な企画内容に挑むことにしました。

まず、ルカー体そのものは基本的なスタイルであり、アラビア語圏ではまず最初に学習する手書き文字で、日常の手書きもこの書体で書かれます。ルカー体を英語で学ぶのも難しいことではなく、T. F. ミッチェルのWriting Arabic: A Practical Introduction to Ruq'ah Scriptという本が大いに参考になりました。著者は英国であり、お手本の図版はネイティブほど達者ではありませんが、そこは様々なお手本を見ることで補いました。特にInstagramはセブ・レスターなどのカリグラファーの人気のおかげで様々な文字のカリグラフィ作品が見られます。(参考にした作家さんの例:aseel.koojanbelebda3h3rttm3d.alazawwimajd.calligraphy

私の書体ではルカー体をそのままやるつもりではありませんでした。上で映画ポスターを参考したと書きましたが、これはエジプトだけでなくイランのものも含まれます。イランもまた映画業界が盛んで、そのポスター美術にも独自に発達したスタイルがあり、太いサンセリフのようなデザインが目立ちます。私はこれもルカー体に織り交ぜたいと考えました。映画ポスターを中心に据えて、「エジプトのポスターデザイナーがイランの映画ポスターを作っていたらどうなる?」もしくはその逆のような発想でクロスオーバーさせたようなアイデアです。しかし始める前から薄々分かっていたことではありますが、「太い・ルカー・サンセリフ」はアラビア文字初心者にとっては三重苦でした。その後3年間、適切なベースラインの傾斜角や線幅、文字のプロポーションを探り当てるのに苦労しました。この間はMonotype時代の同僚のナディーン・シャヒーンさんとカマル・マンスールさんの二人にたくさんの協力をいただきました。

ルカー体は特に学ぶのが難しい文字ではないのですが、傾斜するベースラインがタイポグラフィでは再現が難しいので、デジタル書体の選択肢はほとんどありません。OpenType機能を使えば傾斜の再現自体は難しくないのですが、厄介なのはカーニングです。カーニングといえば通常は二つの文字の間を調整する作業ですが、ルカー体などでは文字の位置が後続の文字によって上下し、それによってアキ量も変わるため、あるペアのカーニング量を決めるには続く文字の内容まで確認しなければいけません。うまくルールを単純化しなければ、天文学的にカーニングのパターンが増えることになります。幸運なことに前述のカマルさんから解決策を教えていただきました。精度があまり高くはありませんが総当たりする必要もなく、カーニングが無いよりは遥かにマシです(既存のOpenTypeのルカー書体はどれもカーニングが入ってません)。

複数の文字の書体を作る場合は最初に作る文字が残りの文字のデザインを左右します。Klaketは欧文とアラビア文字をサポートしており、欧米では一般的に欧文を先に作ることが多いのですが、今回はアラビア文字を最初にしています。またこのようなアラビア文字だったらサンセリフの欧文を作るのが一般的だと思いますが、アラビア文字の傾斜したベースラインを欧文にも適用させたかったので、水平字画の多いセリフ書体にしました。完成したデザインはスラブセリフで、太さによっては躊躇なくセリフを切り落としています。また太いウエイト限定ならではのディテール処理も多く施されています。

書体名のKlaketとは映画撮影の道具であるカチンコのアラビア語の呼び名で、フランス語名のclaquetが元になっています。