プロジェクト:シティ・オブ・ロンドン道路名標識書体
分類:カスタム書体
クライアント:Corporation of London
完了年:2025
シティ・オブ・ロンドン道路名標識書体はシティ・オブ・ロンドンの道路名標識の専用書体を改良したカスタム書体です。
シティ・オブ・ロンドンとはロンドンの内側にある地区で、市庁舎も市長もロンドンとは別に存在します。また「ロンドン」という名前もシティに由来しています。シティの政府はコーポレーション・オブ・ロンドンと呼ばれています。
1986年にコーポレーションは標識を含めた新たなコーポレートイメージに着手し、88年に施工します。そのときにMonotypeのAlbertusを基にした書体がカスタム制作されました。この書体のデザイナーは残念ながら判明していません(サインシステムのデザインクレジットには「John Ward FCSD, FRSA in 1986」とあります)。また、市販目的ではなかったためか書体には名前が定められていませんでしたし、必要ではありませんでした。ここでは「COL Sign」とします。
1930年代に制作されたAlbertusは第一には見出し用書体であり、サイネージ用途としては使えなくはない程度でした。対するCOL Signはサイネージ用として改良が加えられた書体で、太めなウエイトや、より均一なプロポーション、BやRの中央にあるシャープなジョイントの除去などにその意図が見られます。小文字はより広く、コントラストもやや下げられています。イギリスやロンドンの代表書体といえばジョンストンのロンドン地下鉄書体を思い浮かべる人が多いかと思いますが、ヴォルペのAlbertusと派生書体であるCOL Signもその座に相応しいでしょう。本家AlbertusはロンドンのLambeth区で標識書体として使われています。
COL Signで特に好きな点は標識用でありながら大変珍しくセリフ系の書体であるということです。真面目な用途でありながら個性や気品を忘れていない佇まいがとても良いですね。他にはヒースロー空港のサイネージ用にBembo Boldを元として作られたBAA Signも大好きな書体の一つです。こちらは今ではFrutigerに取って代わられていますが、まだ小数が使われているのを見ることができます。
COL Signは大型サイズでの運用を前提としており、金属活字のように我々が思い描くような機械的に厳密な「フォント」という形式では存在していませんでした。それぞれの文字の原図と、スペーシングの説明書とのセットを看板制作の現場で職人が遂行するというような運営方法だったようです。
デジタル時代に入ると、書体の運用はあまり統一されなくなり、Albertus系の類似書体がさまざまに用いられるようになりました。MonotypeのAlbertusに始まり、Flareserif 821、URW++のGhostScriptコピー書体であったA028、そして拙作Albertus Novaなどがシティ内で散見されます。この状況は意図的ではなく、コーポレーションは一本化することにしました。ここで幸運なことにAlbertus Novaを担当したということで私にお声がかかりました。
私の改善内容はマイナーではあり、元の書体に詳しくなければ説明されてもあまり意味をなさないとは思いますが、大きなものは以下の通りです。
・Aのクロスバーを下げてカウンタースペースを増加。
・CとGの字幅に大きな差があり、Gが広かったので、それぞれお互いに近づけました。
・OとQは他の字より細かったので、太らせました。
・Wは狭く、山と谷の部分の黒さが目立っていたため、少し広くしました。
・K、M、Xのセリフに少し反り返りを増やしました。
・小文字はAlbertusからあまり変わっていない難点、つまり字幅の狭さと字画の細さが残っていたので、広く、太くしました。
・小文字のnなどに見られるジョイントのヘアラインはサイン用としてはチラつきすぎるため、太くしました。
・Iとjのドットを少し上げました。
・カーニングデータを追加しました。
私の貢献は小さい範囲だと思いますが、本家のAlbertusだけでなく、この有名な派生版にも関われたことはとても感銘深いです。これからもシティ・オブ・ロンドンの顔となり続けてくれることを祈っています。また英国にとっての外国人であるヴォルペが作った英国を代表する書体を、外国人である私が引き継げたというのは、ロンドンの多民族性を象徴するようで誇らしいことでもあります(シティ版は派生とはいえ)。
また記念として、新バージョンを使った道路名標識を自分用に作っていただきました。一生の宝物にします!
(ジョン・カーペンター・ストリートはシティ内に実際にある通りですが、映画監督のジョン・カーペンターは作品のクレジットにAlbertusを多用したことで有名です。通りの由来となっている人物と監督とは関係ないものの、オイシイ偶然です)