ファミリー名:Centaur Now
ファンダリー:Retail typeface
種類:市販書体
リリース年:2025
購入リンク:MyFonts (通常版) Myfonts (バリアブル版)
Centaur Nowはベネチアン系と言われる初期ローマン体に分類される書体で、100年ほど前にブルース・ロジャースとフレデリック・ウォードによってデザインされたCentaur書体の復刻となります。
Centaurは二人の熟練のタイポグラファーによって作られ、上質な本文組版のために巧みに設計された書体といえます。その表情は上品でありつつ豊かで暖かく、少なくとも正立体にはほとんど直線が使われていません。少なくとも英語圏では文献の少ない書体であり、ここでは多くを語らないようにしておきますが、以下に参考文献を挙げておきます。
『The Noblest Roman: A History of the Centaur Types of Bruce Rogers』Jerry Kelly著
『The Centaur Types』Bruce Rogers著
『Bruce Rogers: A Life in Letters, 1870–1957』Joseph Blumenthal著
『Printer’s Devil: The Life and Work of Frederic Warde』Simon Loxley著
『欧文書体百花辞典』朗文堂
残念なことに、Centaurがデジタル化されたのは「質より量」が優先されたデジタル黎明期でした。デジタル版が下手に描かれていたわけではありませんが、もとの金属活字は、印刷時にインクの滲みで文字が太ることを見越して、あえて肉付けを細く作られていたのです。ブルーメンタールによると、ロジャースが特に好んだのは、柔らかく湿らせた紙に14ポイントのCentaurをインクをしっかり乗せて刷ったときの質感でした。しかしデジタル化ではこういった点が考慮されず、製版用の図面から直接トレースされてしまいました。そのため、本来意図されていたよりもずっと華奢な見た目になってしまったのです。(このときボールドやボールドイタリックも追加され、ライニング数字も入りましたが、数字は1930年代にはすでにデザインが存在していました)
私とCentaurの付き合いは長く、言ってみれば「初恋」のような存在で、今でも大好きな書体のひとつです。大学時代に初めて出会い、卒業制作では自分でデジタル化に挑戦しました。ロジャースの好きだったというテクスチャを再現するためにサンフランシスコのM&H Typeから14ポイントの活字を購入し、湿らせた紙に印刷しました。この成果は卒業制作展で展示したきりでが、当然発売などはされませんでした。私のReading MATDのプロジェクトをご覧の通り、初期ローマン体は特に好きなジャンルです。
その後、モノタイプ社に入りました。ずっとCentaurの復刻を狙うなか、多くの復刻プロジェクトに関わりました。好きな書体なら真っ先に手掛けなかったのかと思われるかもしれませんが、Centaurは商業的には難しい書体でした。Centaurは「みんな称賛するが、ほとんど誰も使わない書体」と元上司のロビン・ニコラスがよく言っていました。それでも最終的には、ありがたいことに企画を進める許可をいただけました。
今回の復刻で最初に取り組んだのは、モチベーションの根本にある細さの問題の解決でした。ロビンによれば、モノタイプの書体製図室では、標準的なインクのにじみ量の数値があり、印刷時にそれだけ太ることを想定して図面を書いていたそうです。そこで製版図面をもとに同じようなオフセットを試し、細部を調整して、活版書体らしい風味を持たせました。ただし、紙の質感や活字の細かい摩耗や変形まで再現するといった露骨なアナログ感の追求はしていません。
(イタリアのヴァルドネガ印刷所のマルティノ・マーダーシュタイグは、90年代当時に市販されていたデジタル書体に満足できず、活版と遜色ない見た目を実現するための独自のデジタル化プロジェクトが行われていました。その中にはCentaurもあり、かなり活版風に寄せた見た目をしていたのを覚えています)
次の目標は、オプティカルサイズへの対応です。モノタイプ版Centaurは6pt、8–9pt、12–18pt、18pt以上の4セットの図面が用意されていましたが、今回は8–9ptを除く3サイズをデジタル化しました。ローマンは比較的順調でしたが、イタリックはキャプション側で調整が多く必要でした。原作ではテキスト用の文字をそのまま拡大縮小してアセンダーとディセンダーを縮めただけのような見た目をしており、キャプション用としてはかなりキツい印象だったからです。ここは現代的な解釈で広め、緩めに調整しました。
そして最後に代替字形について。Centaurはモノタイプに採用される前から存在し、Montaigne(モンテーニュ)やイタリックのArrighi(アリッギ)など、いくつかの別名で呼ばれてきました。その間にデザインも少しずつ異なり、初期版ではyの尻尾がくるんと巻いているなど、かなり違う文字もありました。今回の私のCentaurでは、そうした古いバリエーションから着想を得た代替字形を入れています。特にイタリックでは、ヴィチェンツォや初期アリッギの文字形を多く取り入れました。
こうして、約20年ぶりに大好きな書体と再び向き合い、公式な形で発表できたことは、本当にうれしい経験でした。長年の夢をひとつ叶えることができ、今は新しいCentaurがどこかで美しく使われるのを心から楽しみにしています。