Toshi
Omagari

アポストロフィと数字

2021年01月27日


先月あたりに関口浩之さん(フォントおじさん)がFacebookで開催されているFontPlus Dayというトークセミナーでコントヨコさんと英文組版についてお話しされている第28回目で、アポストロフィの話が出てきました。そのコメントの中に「数字と引用符の組み合わせになると、正しい引用符の選択や位置の判断が難しい」というものが見受けられました。というわけで、アポストロフィと数字の基本的な考え方についてお話ししたいと思います。

まずアポストロフィの役割について。引用符の場合を除いては、アポストロフィ ’ は何かが省略されていることを示す記号であり、この考え方は所有格でも複数形でも変わりません。例えばI’mのアポストロフィはaの省略ですし、Rock ’n’ Rollはの場合はそれぞれaとdの省略です。所有格の -’sで省略されているのはeであり、これはもともと古英語での所有格が-esだったことに由来します。例えばTom’s dogsが昔はTomes dogsと書かれていたというような感じです。また16世紀あたりの近代英語ではhisを間に入れる所有格が流行りましたが、18世紀に入る頃には消え去りました(例:Tom his dogs)。このため文献によっては「’sはhisの省略の名残」とするものもあります。

次に引用について解説します。引用符は向きによって通称6形と9形があり、アポストロフィは常に9形、6形の方は英語の引用の始まりに使います(9形引用符とアポストロフィは同じグリフ)。大事なのが、6形は引用符としてのみ使用され、省略用としては使われない点です。ちなみに向きを指定しない垂直の引用符はstraight quoteやvertical quote特にタイポグラフィ業界ではdumb quote、マヌケ引用符とも呼ばれ、最終的には正しい形に修正するよう勧められます。余談ですが引用符は欧文圏でも国によって全く違い、ここで話しているのはあくまで英語に限った例です。他の国の例について知りたい方はこちらをご覧ください

さて数字、特に年代を表記する場合には様々な例を見ることがあり、いざ自分が使うとなると混同されるかもしれませんが、アポストロフィが何を省略しているかを意識していれば間違えることはないでしょう。

’80sは19を省略しており、さらに末尾のsは複数形です。つまり1980年から1989年までの集合、80年代のことです。80sとする例もあり、これはいちいち「1980年代」と言わなくても「80年代」と言えば常識的に20世紀のことだと分かるため、間違いというほどではないでしょう。また人の年代の場合でもpeople in their 80s(80歳代の人々)と言いますが、この時はむしろアポストロフィを付けてはいけません。1980歳まで寿命がある人物の場合は別かもしれませんが。

80’sだと所有格で、「80の所有する〜〜」、「80に属する〜〜」となります。例えば「4 is 80’s factor.(4は80の因数である)」のように80’sは文法的に即座に間違いではなく意味が通る場合はあるのですが、出番の少ない用法ですし、特に80年代の意味で80’sとするのは間違いです。あとは「James Bond is 007’s real name.(ジェームズ・ボンドは007の本当の名前である)」のように、数字が特定の人や物である場合も成り立ちますね。

2021年5月27日追記:80’sは80の複数形でもあります。例えば「Fibonacci numbers starts with two 1’s. フィボナッチ数は二つの1から始まる」や、「How many a’s are in “panda”? パンダという単語にはaがいくつある?」などです。

さて、6形引用符の‘と80sが合体した「‘80s」はどう解釈すべきだと思いますか? これは近年よく見られる間違いですが人為的なものではなく、おそらくAppleのiOS機器にある文章入力の自動修正機能に端を発するものです。ユーザーの入力意図としては80年代つまり’80sです。ここで自動修正アルゴリズムのプログラマになって考えてみましょう。ユーザーから '+8+0+s という入力を受け取った時点から正しいアポストロフィの向きを判断しなければいけませんが、' の前に何もないことから、これは引用文の始まりの可能性がありますし、’80sのような省略の可能性もありますが、この段階ではなんとも言えません。この後でちゃんとユーザーがもっと後の方で ' を入力するとは限りませんし、入力したところで'80sはやっぱり省略のためのアポストロフィである可能性は消えません。自動置き換えのロジックを組み立てる側からすると、これだけの材料では正解を導くのが意外と難しく、またたとえ文章が完成した状態から置き換えるとしても、100%確実にはできないのです。

ただしトークの中でもコンさんが仰っていたように(もう視聴できませんが)、私がここで間違いだとしている例はネイティブの英文でも頻繁に見られ、英語圏だからといってアポストロフィのルールが周知されている訳ではありません。もっと言えば英語は世界中で教育されている言語であり、英語を喋っている人間が必ずしも英語ネイティブであるとは限りません(外国人が書いた英文だからといって、すなわちネイティブのものだと思わない方がいいでしょう)。「間違えたら笑われる!」などと、あまり肩肘張らなくてもいいと思います(本職の編集者さんやデザイナーさんなどの場合を除く)。

余談:2000sは’00sとなりますが、これは英語でどう読めばいいと思いますか?おそらく国際的にはtwo-thousandsだと思いますが、英国ではゼロのことをnought(ノウト)と呼ぶ習慣があり、’00sはnoughties(ノウティーズ)とも呼ばれます。noughtはやや古い言い方ですが、nullやnoughtはnothingと同じ意味で使われることはあります(同じゲルマン系であるドイツ語でもゼロのことはnullといいますし、英語で無効化、無力化を意味するnullifyという動詞もあります)。また米語ではnaughtと綴られますが、’00sをnaughtiesとは言わないようです。