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単語と言語

9 October, 2015

あんまり時事ネタを書くのは趣味ではありませんし(そもそもブログ自体が習慣になってないし、この記事も2か月近く放置していたものの再利用…)、他の方も散々書かれていることだとは思いますが、五輪ロゴの審査について自分も思うところがあったので書きます。私は英国に住んでいるのでこの問題が日本のマスメディアでどう扱われているかは分かりませんが、ネットの情報を見る限りではロゴに対する認識がその本来の役割とズレているのでは、と感じました。ここで扱うのはロゴの役割なので、純粋にデザイン的な側面から佐野研二郎さんのロゴについて私見を書きはしますが、その出自は本題と関係ないので扱いません。今回はテーマ別の二本立てです(後編はこちら)。

オリンピック大会に個性を与えるために重要に要素の一つがデザインですが、その規模ゆえにロゴを作れば一丁上がりというわけにはいきません。会場の標識システム、テレビ、ウェブ、ポスター、ありとあらゆる五輪関連のビジュアルが一つの方向性のもとに統一されている必要があり、単純にそこかしこにロゴを張り付ければいいのではなく、もっと高度で柔軟性のあるシステムが必要になります。デザインの世界ではこれを視覚言語と呼びます。具体的には色や形、そしてタイポグラフィなどのルールです。例えばロンドン五輪ではピンク、水色、黄色、白などを基調として斜線を多用した図形、そしてそれを反映した専用書体という材料で統一を図っています(あとウェンロックとマンデヴィルというマスコットもいますが、これはそれら視覚言語の枠外での宣伝に従事するためか、またはグッズを得るために要るのでしょう)。

ロゴは視覚言語の中心的存在となるものではありますが、位置付けとしてはもっと末端の存在、言語に対して言えば単語にあたります。ロゴを先に作るか視覚言語を先に作るかは人それぞれだと思いますが、少なくともロゴだけを作ることはしません。これはオリンピックに限らず、規模の小さなプロジェクトでも当てはまると思います。

オリンピックのロゴを評価するときに何よりも大事なのは、そこにある視覚言語を見抜くことだと思います(参考資料として展開例は大きなプラスになるというか、同時に提出される方が自然です)。ロゴ単品が美しいかどうかなどという議論はあまり意味がありません。そしてロゴだけを作っても、後付けで視覚言語を作るのは不可能ではありませんが無謀なうえに付け焼刃に終わる可能性の方が高いので、膨大な準備が必要なオリンピックでそんなリスクを負うわけにはいきません。

過去には招致ロゴをそのまま採用すればいいではないかという意見も出ていたようですが、上のような要件を満たしていないことと、また具体物(桜)をロゴに採用しているため形そのものの応用性に欠け、視覚言語の中核的存在としては扱いづらいのではと思います。ロンドンでの基本図形は斜線、ソチでは30°グリッドの平行四辺形、リオでは有機的な曲線と、抽象的なものを用いているのにはその辺に理由があります。(いま書いてて気が付きましたが、ソチ五輪の競技ピクトグラムはスキー板などの角度が可能な限り30°単位で統一されてますね。この角度も立派な視覚言語の一つですし、言うまでもなく雪の結晶に発想を得て抽象化したものです。)

オリンピックに限ったことではありませんが、美しさや個性だけでなく堅牢性も求められます。たとえばロゴはいつどこで表示されるか分からず、大きなポスターにフルカラーで印刷されることもあれば段ボール箱に黒インクのみでスクリーン印刷かもしれませんし、ペットボトルのラベルに小さく印刷されるかもしれません。テレビのテロップや携帯の画面にも登場します。そのためには2cm四方や数十ピクセル単位に縮小したり、白黒や単色にしたり、コピー機にかけたりと、さまざまな表示条件に耐えられることも重要になってきます。色が大量に使われているロゴも品質管理の面から言えば避けるべきです。世にある大企業ロゴの多くは1色でも表示可能か、1色バージョンが用意されているものが殆どです。

ちょっと脱線してロゴと色の話をさせてください。FedExのロゴは個人的なお気に入りの一つです。赤と青でFederal、つまりアメリカ合衆国を表していますが色をあえて少しずらすことで個性を出し、また小文字の高さをEの中央のバーに合わせることでExの中に矢印の形を作り、Expressの部分、つまり運送に携わる業者であることを表しています。その二色を表すためかFedExの段ボールは白く塗装されており、その分だけ無地のものよりコストがかかってます(しかも他の文字の部分に黒も使っていますので、合計4色です)。amazonのロゴが本来黒と黄色の2色なのに段ボールには黒1色のバージョンを使っているのとは対照的です。FedExとamazonはロゴのデザインが基本的な部分のコストにまで影響するという分かりやすい例の一つですが、FedExのコスト計算の方が劣っているのではなくブランディングを優先した結果であり、どちらも違う理由でいいデザインだと思います。

ここからはタイポグラフィの話です。かなり書体デザイナー寄りな意見だとは思いますが、まぁ絶対に外せない話ですし最近のオリンピックでも顕著なトレンドですので触れておきます(あと自分のブログだし)。視覚言語で扱われる要素としてタイポグラフィがあるとは言いましたが、ネットで見られるほとんどの議論で抜け落ちてると思います。オリンピックの視覚言語の中での形や色の役割は確かに大きいですが、最も重要度と汎用性が高いのは文字です。視覚言語の中でも最も文字通り「言語」に近い存在は書体だと思いますし、なんだかんだで一番目にすることになるのは文字情報です。ここに統一性と個性があれば、他の要素が制限される中でもフォントだけでオリンピックを表現できます。近年ですとロンドンやリオ五輪のどちらも全体のビジュアルに合った専用書体を開発しており(担当したスタジオから考えて、おそらく書体だけでも東京五輪がロゴにかけた予算を軽く上回る金額が支払われているのではないかと思われます)、文字を見ただけでオリンピックが伝わるようになっています。書体さえあればいちいちロゴを添える必要はないのです。

佐野研二郎さんの案にもタイポグラフィ展開はあったではないか、と思われる方もいるかもしれませんが、複数色の円弧や正方形を組み合わせただけで文字を作っても、使える書体にはなりません。1単語ぐらいならまだ読めるかもしれませんが、2〜3行も組めば誰も読まなくなるでしょう(癖の強いAからZまでを並べたポスターは、もはやそれ自体が一つのジャンルと呼べるほどに多いです。ポスター綺麗に並べる以上の用途はなく、実用に堪えないものばかりです)。本当にタイポグラフィのヒントになりそうなものは、ロゴの下にあったClarendon書体でした。あの案のままで行っていたら、おそらくオリンピックの期間中にいちばん目にする書体はClarendonだったでしょう。世間はそういうビジュアルを予想できていたでしょうか。Clarendonがいけないという話ではなく古き良き書体と割り切っていい仕事はできたでしょうが、個人的なわがままとしてやはり新規の欧文書体を見たいという思いがあります。和文書体を新開発するのはよほどの先見性がなければ無理だったでしょうし今からやっても手遅れですが、既存の書体に仮名や欧文を新たにデザインして組み合わせることは可能なのでは、と思います。ロゴの話を散々しといて「じゃぁお前がやれよ」と言われてもできませんが、本業の書体だったらやってみたいですね。もちろんコンペでなければの話ですが(後述)。

オリンピックのビジュアルに本当に必要なものはロゴではありません(いや、ロゴは当然必要ではあるんですが…)。ロゴだけに話が終始していては間違いなく五輪のビジュアル戦略は失敗します。審査員がプロであればそこを外すことはまず無いと思いますが、ロゴ単品が一般の感覚に合わないというような理由で再び却下されるのだけは避けてほしいと思います。二回目の公募は審査メンバーにおける本職の人間の割合が少なく、世界のデザイナーから笑われないデザインを選べる構成ではないと感じます。また新たな波紋が起きるのではないでしょうか。その予想は外れてほしいですが…僕が間違ってたらどれだけ幸せなことか。

ついでなので、ここで10月6日に発表された新エンブレム応募要項案について思うところを箇条書きで書いておきます。
・キーワードが多すぎる。八兎を得るもの一兎も得ず。全てを含めるのではなく一個に注力したデザインで良いのであれば構わないが。
・過度にオリジナリティを求めるべきでない。前回の公募のせいでここを強調したいのは分かるが、デザインコンペで作品がオリジナルであることは大前提であって目標ではない。これを気にしすぎるとただ奇抜なだけのデザインが選ばれかねない。オリジナリティを保証したいのならば、それこそ既出の作品を見抜けない素人メンバーで審査会を構成すべきではない。
・18歳以上ならば参加可としているが、オリンピックのデザインの仕事は決まってからが本当のスタートであり、会期終了までデザイナー本人がディレクションするのがベストである。数年単位でかからなければいけない世界規模の仕事を任せるためには実績あるデザイナーに限定するのはなんら恥ずかしいことではない。五輪出場選手の選考会だったら、候補者は世界大会出場経験者に限定するのはいたって普通だろう。これも前回のコンペの余波だとは思うが。
・今回の二番目に大きな問題が、エンブレムの構成要素の「ワードマーク」の部分。上に書いたように、リオではこの手書きのような書体をまるまる作っており、どんな文字とも自然に繋がるように異体字が大量に含まれている(小文字だけでも合計100程度はバリエーションがあり、その全てに発音記号付きバージョンがあると思われる。この記事からはaやeに繋がる大量のバリエーションが用意されているのが分かる)。担当したのはロンドンのDalton Maagという書体会社で、彼等は他のスタジオ(複数かも)と足並みを揃えて視覚言語を共に構築し、書体を製作した。もちろん書体のプロジェクトはコンペではなく、初めから依頼を受けての仕事である。このような規模の書体の構築には数ヶ月かかる。また、単独でのエントリーが現実的には不可能であると思われる。
オリジナルの書体は時間もお金もかかる。個人的には絶対必要な要素でありオリジナルの書体を求めること自体は素晴らしい進歩だと考えるが、コンペで期待していいものではないし、書体を評価するとなるとプロのデザイナーでも限られた人間しか出来ない(ましてや世界のデザイン業界から笑われないレベルの書体を選ぶとなると現在のメンバーでは絶望的である。繰り返しになるが)。
・そして最大の問題が、コンペであること。

コンペはまた長くなる話なので、詳細は次回へ譲ります

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