Toshi
Omagari

ゴシックという名称の由来

19 August, 2013


ひょんなことから内田明さんのブログ記事「Alternate Gothicがゴシックの源といふデマについて」ならびに「Alternate Gothic起源説の起源」を見ていて、そんなデマがあるのかと驚きました。6年も前のお話にいまさら飛びつくのもどうかとは思いますが、まぁ鮮度が重要な話ではありませんし、Alternate Gothicがどういう書体なのかが正しく理解されていないことが原因であると思いましたので記事にしました。基本的にこの記事は先の二つの記事の補足のような形になると思いますので、先にそちらを読まれた方がいいでしょう。

簡単にデマの内容を説明すると、「Alternate Gothicはゴシック、つまりドイツの書体であるブラックレターの代替(Alternate)としてアメリカで生まれ、これが今では日本で定着しサンセリフの呼称のひとつになっている」という説です。先に私の結論を言えば、Alternate Gothicのゴシック起源説はやはり荒唐無稽です。これは以下の三つの説の合体であり、それぞれを検証する必要があります。

  1. Alternate Gothicは最初にGothicと名付けられたサンセリフ
  2. 同書体はブラックレターの代替
  3. 同書体は日本に最初に入ってきたサンセリフ

まず歴史の勉強をすればすぐに分かることですが、Alternate Gothicはアメリカで最初にGothicと命名されたサンセリフではありません。Alternate Gothicは1903年の書体で、で、サンセリフの名称としてGothicが初登場するのは1837年です(後述)。

そして二番目ですが、Alternate Gothicは1番がコンデンス(長体)、2番が標準字幅、3番がエクステンデッド(平体)という3つからなるファミリーでした(もしくは2番が長体、1番が更に長体)。一つのデザインで三種類の字幅のオルタネート(代替)を選べるからAlternate Gothicなのです。当時こんな構成のファミリーは全く新しいものだったので、その特殊性を名前に込めたのです。「何か別の書体の代替としてデザインされたのではない」ことを強調しておきます。そもそも19世紀のアメリカでブラックレターの使用は極一部に限定されており、誰も代替など探していませんでした。

そして三番目は私の専門分野ではないので深入りはしません。少なくとも日本に最初に現れたゴシックはAlternate Gothicだったわけではないようです。内田さんの記事によると日本がゴシックと出会ったのは明治初年だそうで、アメリカでGothicという名称が登場して40年ほど経ってからで、Alternate Gothic誕生の30年ほど前です(なんだってAlternate Gothicがこの歴史に絡んでくるんでしょうね?)。日本に最初に登場したゴシックが何なのかを突き止めるのも面白いとは思いますが、まぁ私の住んでいる英国から調査するのは難しいでしょうし、個人的にはそこまで興味はありません。

2013年10月15日追記

これだけ挙げてもまだ疑い深い人はいるようなので、私の意見の証拠をちゃんと見つけてきました。まずはMac McGrewの「American Metal Typefaces of the Twentieth Century」には以下のように書いてあります。「(Alternate Gothic was) designed with the thought of providing several alternate widths of one design to fit various layout problems.」これを訳すと「(Alternate Gothicは)統一されたデザインでいくつかの字幅の違うもの(alternate)を提供し、様々なレイアウトの局面に対応できるよう作られたものである。」となります。Alternate Gothicの製作経緯についてこれ以上証拠を探す必要はないかとは思います。

また新たに「当時アメリカでそもそもブラックレターがGothicと呼ばれていなかった証拠」を探すといいのではないかと思いました。とりあえず知識としてGerman, Textなどと呼ばれたことは知っていましたが、ATypI 2013にて何人かの方に質問したところ、書体デザイナーであり書体歴史家であり芸術史教授のCraig Eliasonから「18世紀から19世紀初頭にかけてアメリカで発売されたブラックレター書体の名前ならば証拠になるのでは?」ということでリストを提供していただきました。大変有り難うございます(本人にも直接申し上げましたが)。こういうのを瞬時に出せるところにシビレます。さて、以下が肝心のリストです。

1812 Binny & Ronaldson: “Black” (他にも“German”の名で出されているブラックレターあり)
1826 E. White: “Black”
1828, 1845 Boston Type and Stereotype Co.: “Black”
1837, 1848 Geo. Bruce & Co.: “Black”
1869 George Bruce’s Son: “Modern Text” というやや変哲な名前
1913 American Handbook of Printing: “Text”
1928 Continental: “Goudy Black”(後にLanston MonotypeよりGoudy Textとしても発売)

以上のようにBlackが特に多かったようですが、いずれにせよ18〜19世紀アメリカでGothicといえばサンセリフのことを指していました(Craig談)。現在Blackが使われていないのは、単純に太くて黒いウエイト名であるBlackとの混同を避けるためではないでしょうか。

追記終了

ここからは豆知識です。歴史的にはサンセリフには様々なの呼び名があります。現在だとサンセリフという名前が少なくとも英語では標準になっていると感じますが、他にも沢山あるんです。以下にそれぞれを簡単に書いておきます。

サンセリフ(sans serif)

1832年にロンドンの活字製作者ヴィンセント・フィギンズ(Vincent Figgins)が作った「Two-line Great Premier Sans-Serif」という大文字書体が「サンセリフ」という語の初出(注:最初のサンセリフ書体ではない)。フランス語でいう「セリフなし」を意味する。サンセリフが現在最も使われている理由はおそらく最も混乱の起きない語であるためと思われる。

グロテスク(grotesque)

1834年にロンドンのウィリアム・ソローグッド(William Thorowgood)の作った「Seven-line Pica Grotesque」が「グロテスク」の初出※。よくタイポグラファがこれを見た時の第一印象から「奇怪、異様」であるという意味でグロテスクと命名されたと言われることが多いが、最初に命名したのは書体鋳造所である。もしあなたが鋳造所でこれから新書体を売り出そうというときに、そんなネガティブな商品名を付けるだろうか。そういうわけでちょっと腑に落ちない説ではあるが、まぁとにかく変わったものであればウケたのが19世紀であるらしいから、それで全く問題なかったのかもしれない。

ちなみにイタリア人のルームメイトに「grottesco」の意味を聞いた(何故ならgrotesqueはgrotto、つまりイタリア語やラテン語でいう「洞窟」を意味する語からできており、洞窟絵画のように異様であるというのが語源だからである)が、イタリア語でも「洞窟の」という意味はほぼ落ちており、英語のgrotesqueと変わらないと言っていた。

ドイツではグロテスクが同ジャンル誕生当初から使われており、現在でもそう呼ばれることが多いらしい(一般的に?専門家内でも?まだ未調査)。

※ ソローグッド自身は特にタイポグラフィに明るい人間ではなく、宝くじで当てた賞金で1820年に鋳造所を購入した人物。ソローグッドが「Grotesque」と命名し販売した書体は前オーナーであり既に逝去していたロバート・ソーンによるデザイン。なお、同書体は世界初の小文字入りサンセリフである。

エジプシャン(egyptian)

初出は不明確だが、ジェームズ・モズリー(James Mosley)とジャスティン・ハウズ(Justin Howes)によれば1805年にはすでに使われていたらしい。エジプシャンとはサンセリフだけでなく、肉厚なスラブセリフなど、とにかく見た目の強い見出し用書体はみんなエジプシャンと呼ばれていた(というか当時イギリスは大変なエジプトブームで、珍しくてそれっぽい雰囲気のものであれば文字に限らず何でもエジプト風と呼んでいたとのこと)。誰もエジプトの文字やら建築物になぞらえて命名されたとは考えていない。現在エジプシャンと言えば基本的に太いスラブセリフを指す(Berthord CityClarendonFontBureau Gizaなど)。

アンティーク(antique)

前述のフィギンズ鋳造所は1817年頃に「Antique」というスラブセリフを出して以降、英国や米国の鋳造所ではそれが定着する。その例外がソーン(Thorne)鋳造所で、ソーンは彼のスラブセリフを「Egyptian」と命名し、混乱を招いてしまう。フランスではそれが輸出されて「Egyptienne」となった上にサンセリフが「Antique」と呼ばれ始め、イギリスの用法とは完全に逆になってしまう(その例がオリーヴ鋳造所のAntique Olive)。

ちなみにドイツでAntiquaといえばローマン体全般を指す(例:Weiss Antiqua)。これは「ブラックレターより古い」という意味であり英仏のAntiqueとは発端が異なる(本当にブラックレターより古いかどうかはさておき)。Antique、Antiquaは最も混乱の起きやすい語だと言えよう。

ゴシック(gothic)

これも理由がハッキリしていない語であるが、おそらくは建築におけるゴシック(ローマでもギリシャでもない、すなわち古典的でない)と同じ感覚で使われたのではないかとの説が有力。初出はボストン活字・ステレオタイプ鋳造所(Boston type and stereotype foundry※)が1837年に発売した「Gothic」であり、これは米国最初のサンセリフでもある。主に米国で一般的な呼び名となったが、現在では英国でもサンセリフが一般化しつつある。なぜならゴシックはブラックレターとの混同が起きやすい(Alternate Gothicの初出説もまんまとこれに引っかかった話だし)、さらにはゴート文字もGothicと呼ばれているため、ほぼ同じ分野内で3つも違う意味があるのでは使い物にならないため(なお内田明さんの紹介している文献の一つにはブラックレターがゴート文字を起源とするという勘違いまで存在する、というか全部同じ人による勘違いか。いずれにせよ紛らわしい語である。)。

現在ゴシックを普通に使っている国は日本と韓国だけらしい。まぁ欧米標準のSansに変えようにも、例えばヒラギノサン、筑紫サンなどと呼ぶのは敬称みたいで気持ち悪いという日本語特有の問題が絡むので、個人的にはそのままでいい。

※ 完全に蛇足だが補足。このボストンの鋳造所は名前から分かるように活字とステレオタイプの製造をやっていた。ステレオタイプとは活字組版保存用の紙型(パピエ・マシェ papier-mâché)を使って活字用金属(鉛が主成分の合金)で鋳込み組版を再現した版のことである。またフランス語ではクリシェ(cliché)と呼ぶ。どちらも現在ではお約束、決まり文句などの意味で使われる語であるが、特に日本ではこの語源が解説されることがないため、またタイポグラフィ史においては重要な豆知識だと思うのでここに記しておく。なおステレオタイプの発明は1725年、スコットランドのウィリアム・ジェッド(William Ged)により、本格的な運用開始は19世紀初頭、スタンホープ・プレスを発明したチャールズ・スタンホープ3世による。

ドーリック(doric)

H. W. カズロン鋳造所(H. W. Caslon & Sons Foundry)で1870年から1906年まで、彼等のサンセリフ製品に付けられていた名前。Doricとはギリシャのドリス地方のことで、建築でドリス式といえば古代ギリシャ建築で最古、最単純な様式であるらしい。おそらくはそれが由来ではないだろうか(サンセリフはローマンより単純なため)。他に英語では「田舎訛り」という意味もあるようだが、これは関係ないだろう。Linotypeのウォルター・トレーシー(Walter Tracy)のデザインしたDoricという書体があるが、これはカズロンのドーリックとは一切関係ないデザイン。

モノリニア(monolinear)

サンセリフの別称というよりは、線幅の太さがどれぐらい均一であるかを表現するときに使う語。例えばGill SansはUniversに比べて線幅の差が少ない、よりモノリニアであると言える。またRockwellはClarendonに比べてモノリニアと言うこともできる。線幅の均質性はmonolinearityという。長ったらしいし、他にも言い方はあると思うけど。

参考文献

Alternate Gothicがゴシックの源といふデマについて, 内田明
Alternate Gothicゴシック起源説の起源, 内田明
Sans-serif, Wikipedia
The Sans Serif, Graphic design history
The Nymph and the Grot, an update, Typefoundry
Grotesk, Typelexikon.de
The Sans Serif Typefaces, Linotype