Toshi
Omagari

身近な書体:Lucida

08 April, 2012


なんだか久々の投稿になってしまいましたが、今回はLucida書体について書こうかと思います。Lucidaは1980年代に作られた書体で、バリエーションが非常に豊富なスーパーファミリー(RomanとSansなど二つ以上のスタイルで構成される書体ファミリー)であり、少なくともMacユーザーは毎日目にする書体であります。

まずLucidaはどういうところで使われている書体なのかを説明しておきましょう。現在MacOSXで使用されているユーザーインターフェイス書体はLucidaファミリーの一つ、Lucida Grandeです。FacebookをMacで見るとLucida Grandeが使われていますし、当ブログも英文部分は(Macで見ると)Lucida Grandeが使われています。そういうわけでLucidaはどちらかと言うとMacユーザーになじみの深いものです。またLucidaファミリーとして開発された訳ではないものの親戚の書体に、絵文字フォントであるWingdingsがあります。これはWindowsにも入ってると思いますので、ひょっとするとLucidaよりも有名かもしれません。というかWindowsにLucidaって入ってるんですか?

Macのインターフェイスの欧文部分にはLucida Grandeが使われています。

さて、このLucidaというファミリーはいつ何の目的があって作られたのでしょう?Lucidaは1985年に、当時市販化されはじめたばかりのレーザープリンタという機械のために作られたセリフ書体です。今でこそレーザープリンタは最高1200dpiの高品質な文書印刷を得意とする機械でしたが、1975年にIBMからリリースされた3800という最初のレーザープリンタは240dpiで、搭載フォントも等幅は機械的なデザインの物のみでした。’83年には3800-3という後継機がSonran SerifとSonran Sansという二書体*¹をひっさげて登場しました(すみません、正しくはSonoranでした。2012/09/04追記)。’94年にはヒューレット・パッカードがCourierを搭載したLaserJetを発売しました。Times New Roman(以下TNR)、Helvetica、Courier。どれも30年代~50年代に金属活字用に作られた書体で、当時低性能であったレーザープリンタのために作られた書体はありませんでした(またはデザイナーでない人間が作った劣悪な書体)。レーザープリンタの印刷品質に堪える判読性の高い書体というニーズに応えるべく1985年に登場したのがLucidaです。

上:IBM3800のプリントアウトサンプル。複数フォントを搭載しているとは書いてありますが、要するに元々のフォントの意味の通り色々なサイズを取り揃えているということです。
下:上からArial、Times New Roman、Courier。それぞれデジタルバージョンなので当時と全く同じデザインとは限りません。

Lucidaはニコラ・ジェンソンやアルダス・マヌティウスなどの初期のローマン体やヒューマニスティック体をモデルにしており、それが形として直接確認できるというよりは全体のプロポーションや緩やかなスペーシングに見られると思います。この書体の特徴を単独で述べていくよりは、当時倒すべき相手(?)として設定していたであろうTNRと比較するのが良いでしょう。LucidaはTNRに比べてスペーシングが十分に取ってありセリフは短くて太く、低解像度なプリンタで印刷されてもセリフが消えたり、隣とくっついたりしないようになっています。またステムとセリフは完全な長方形でなく角度の浅い台形で描かれており、これが、低解像度のプリンタで印刷すると穏やかなブラケットセリフに見えるようになっていますが、さらに小サイズで印刷するとそのようなディテールが出ないので、シンプルなスラブセリフに見えるようになっています。このように当時の技術的制約に応えつつ、その制約を逆手に取ったようなディテール処理がLucidaの面白いところです。

Lucidaはその後さらにファックスなど更に劣悪な解像度でも堪えるように完全なスラブセリフ化が施されたLucida Faxと、逆に高解像度化で美しく見えるように完全なブラケットセリフを与えられたLucida Brightが作られました。Brightでは線幅のコントラストがより強くなっています。OSXにはこのFaxとBrightは搭載されていますが、一番最初のLucidaは搭載されていません(技術的にも時代遅れ、ファミリー展開的にも中途半端になったからでしょう)。

Lucida Roman(左)は半ブラケット、Faxは完全なスラブセリフ(またはスクウェアセリフ)、そしてBrightは完全なブラケットセリフとなっています。Romanには左上の接合部にスミ取り(インクトラップ)処理もされています。トナーで印刷される書体でも有効なのかは分かりませんが。

またLucidaは「レーザープリンタ用の様々な用途に応える書体」という当初のコンセプトのもと、Lucida SansやBlackletter、Calligraphyなど、他に類を見ないほど幅広いファミリー展開をしていきました(末尾参照)。ちなみにキャップハイト等のハイト設定はファミリー間で共有されており、混ぜて使いやすいようになっています。例えばBright ItalicのテキストにCalligraphyの大文字を組み合わせたり。

Lucidaファミリーはパソコンのスクリーンなどの低解像度環境において使う本文用書体として開発されました。それゆえ近目で見ると美しい書体とはとても言えませんしポスターにドカンと使うのはあまりお勧めできませんが、それでもLucidaは特定の状況下では素晴らしい性能を発揮し、これ見よがしに主張することなく黙々と働いてくれます。僕のeメールの本文表示書体はLucida Grandeです。気分によってはLucida Faxだったり。どちらにせよHelveticaと比べるとずっと読みやすくなりますよ*²。マシュー・カーターによって画面上の表示フォントとして作られたVerdanaとGeorgiaは比較対象として挙げることができるかと思いますが、個人的にはヒューマニスティックな骨格のLucidaの方が好きです(完全な好み)。

最後に完全な余談ですが、Appleは1980年代後半に新しいMacOS(7)の目玉の一つとしてTrueTypeというフォントフォーマットを開発し、またそれに合わせてGeneva、Monaco、New York、Chicagoという4つの自社制作のビットマップ(ドット)書体をTrueType化せねばなりませんでした。これを任されたのはLucidaのデザイナーであるチャールズ・ビグロー(Charles Bigelow)とクリス・ホームズ(Kris Holmes)です。まぁ正直言って、ドットで表示された時の完成度に比べるとアウトライン版は微妙な出来なんですが…。

*¹ Sonran Serifとは何を隠そう、Times New Romanです。Sonran Sansとは新規にデザインされたサンセリフ書体で、当初IBMはHelveticaを搭載する予定だったのですが、その高額なライセンス料を払うのを渋ったため新規に似た書体を作ることにしました。それを請けてMonotypeのロビン・ニコラス(僕の上司)がデザインしたのがHelveticaと同ジャンルであるグロテスク体のSonran Sansで、後にArialとして生まれ変わる書体です。後で詳しく書くかもしれませんが、ArialはMicrosoftの意向によりHelveticaのプロポーションに寸分違わず収まるように改造されたSonran Sansであり、全く同じ書体ではありません。(上でも訂正しましたがSonoranです。2012/09/04追記)

*² HelveticaはiOSデバイスでのUI書体採用をきっかけに、Lion以降のOSXのアプリでも徐々に採用範囲が広がっています。もともとiPhoneにLucidaが採用されなかったのは携帯電話用フォントにしては左右幅が広すぎるからかと思っていましたが、まさかHelvetica化の流れがMacにも還元されてくるとは。べつに読みやすくも何ともない書体がこれだけ広まるのは由々しき事態です。どうかLucida Grandeはそのまま残ってくれますように。

以下、Lucidaファミリー構成

Lucida Roman (1985)
ここまで散々説明した基本書体のLucida Roman。現在はFaxとBrightの間の中途半端な位置付けとなってしまっているためOSXには搭載されていないし、あえて買う人も少ないだろう。現在これを見る機会は非常に少ない。

Lucida Sans (1985)
Lucida Romanと骨格を共有するサンセリフ体で、ジャンルとしてはFrutiger、Syntax、Verdanaなどのヒューマニスティック・サンセリフに含まれる。

Lucida Fax (1992)
Lucida Romanの低解像度用改良版。名前の通りファックス用に開発された。

Lucida Bright (1987)
Lucida Romanの高解像度用改良版。Lucida Romanの理想型とでも言えようか。

Lucida Typewriter (1994)
等幅のLucida Roman。タイプライター風の組版をしたい時やコンソール、プログラミングなど等幅書体が必要な用途に向く。

Lucida Sans Typewriter (1986)
等幅のLucida Sans。

Lucida Console (1994)
Sans Typewriterの字数拡張版。パソコンのコンソール用書体として(開発当時の)実用に堪える字数を揃えたもの。たぶん今でも足りるだろうけど。またキャップハイトが低く、なんと数字の方が背が高いという興味深い設計。

Lucida Unicode (1993)
Lucida Sansをベースにユニコード対応文字を片っ端から作るという目的で拡張されたもの。当然だがUnicode全体をカバーするには程遠い(1729字)。

Lucida Grande (1999)
Lucida Unicodeをさらに拡張させたApple専用バージョン(2703字)。Italicはなく、またSansから若干の変更がある(数字の1にセリフが付くなど)。

Lucida Math (1990年代前半)
TeXでの数学組版に対応させたLucidaで、数学専用文字を沢山取り揃えている。なおLucidaファミリーはTeX用のラインナップも充実している。

Lucida Handwriting (1991)
手書き書体。 個人的に小文字は微妙。

Lucida Casual (1994)
どのOSにも標準装備されてないので知名度は一番低いかもしれないが、手描きの味が可愛らしい。でもウエイトが1個しかないので、これを買うぐらいだったら例えばProcess type foundryのCapucineをお勧めする。

Lucida Calligraphy (1988)
カリグラフィー書体。Lucida RomanのItalic(斜体)に似ているが、それよりも同じくクリス・ホームズの作であるApple Chanceryと非常に似ていることが興味深い。後者はLucida Calligraphyの改良版といったところだろう。

Lucida Blackletter (1992)
フラクトゥールあるいはバスタルダ体を元にした物で、ブラックレターとは言いつつもカウンターが十分に取ってあり重苦しい印象はない。アウトラインを細かく見ていると「もうちょっと綺麗に描けなかったのか?」と思う…

Wingdings 1–3 (1990)
Lucidaファミリーとして開発されたわけではないが併用を想定して作られた絵文字書体で、Wingdings1と2に含まれる丸数字にはLucidaの数字がそのまま使われていることが確認できるだろう。

そういえば今年になってOpentype版Lucidaが出たとか出てないとか。

参考文献

[Web] Bigelow, C. “Notes on Lucida designs”, http://www.tug.org/store/lucida/designnotes.html

[TXT] Bigelow, C., & Holmes K. “Lucida family overview”, 上記と同じリンク

[PDF] Bigelow, C., & Holmes, K. “The design of a Unicode font”, 上記と同じリンク

[PDF] Bigelow, C., & Holmes, K. “Notes on Apple 4 Fonts”, http://cajun.cs.nott.ac.uk/compsci/epo/papers/volume4/issue3/ep050cb.pdf

[書籍] Bigelow, C., & Holmes, K. “The Design of Lucida®: an Integrated Family of Types for Electronic Literacy”. In Vliet, J. C. (Ed.) Text Processing and Document Manipulation: Proceedings of the International Conference University of Nottingham, 14–16 April 1986. Cambridge University Press, London, 1986.

[Web] Haley, A. “Is Arial Dead Yet?” http://www.stepinsidedesign.com/STEP/Article/28763/

[雑誌] Holmes, K. “Lucida – the first original typeface designed for laser printers”. In Spiekerman, E. (Ed.) BASELINE 6. Esselte Letraset Ltd., 1985.